2010年12月27日月曜日

村上朝日堂

日刊アルバイトニュースという雑誌に連載されていたコラムをまとめたエッセイ集。村上さんの極めて日常的な諸事のエッセイに、安西水丸さんのポップな挿絵が添えられている。つれづれと生活の物事が楽に綴られた、現代的に言い換えればブログのようなエッセイ。後に現れる「遠い太鼓」のようなテーマ性は無いが、頭を空にして読んでいるとふと現れる本質を捉えた言葉に衝撃を受けることになる。
・私生活版、印象に残ったインサイト
「豆腐を食べるのに最も相応しいシチュエーションは、情事の後である」
・仕事版、印象に残ったインサイト
「日本だと情報はまずTVでやってきて、新聞で広がり、雑誌で補足され、書物で確認される」
村上朝日堂 (新潮文庫)村上朝日堂 (新潮文庫)
村上 春樹 安西 水丸

新潮社  1987-02
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2010年12月24日金曜日

グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた

元ソニー株式会社カンパニープレジデント・グーグル日本法人社長による、ビジネス戦記。ソニーにおける「筆者の敗戦記」を通して「ソニーの敗戦記」を垣間見る構造になっている。、グーグルやアップルとの比較を通じてソニーという日本発のグローバル企業の課題を抽出することは、単純な産業論以上の意義を感じる。

ソニーとグーグル。対照的な昨今のパフォーマンスにも関わらず相通じる理念、そして著者の敗戦を招く大組織の不合理、これらが読みどころとなっている。中でも、ソニー設立趣意書に刻まれた理念への言及が興味深い。

設立趣意書が示唆する、ソニーの限界と素晴らしさ

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」(会社設立の目的より)

「極力製品の選択に努め、技術上の困難はむしろこれを歓迎、量の多少に関せず最も社会的に利用度の高い高級技術製品を対象とす。また、単に電気、機械等の形式的分類は避け、その両者を統合せるがごとき、他社の追随を絶対許さざる境地に独自なる製品化を行う」(経営方針より)

この他社の追随を絶対許さざる境地に達したエンジニアの誇りが、ソニーのブランド力を支えていた。本書からは、娯楽家電の競争のポイントがハードからソフト(アプリ)へ、やがてプラットフォームへと移行していく中、上記のコンセプトを体現した過去の圧倒的な成功体験と、外部環境に合わない切り分けとなってしまったカンパニー制が生む縦割りの弊害が、ソニーの競争力を奪っていったことが伺える。

そんな、著者と共に敗退していくソニーとは対照的に、ソニーの本質を体現している企業として新天地であるグーグルが挙げられる。社会的利用度の高いプロダクトを生み出す、真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想の職場として。この点に感じる哀しさを、単なるノスタルジアとして片付けないことが、急速な外部環境の変化への対応を迫られる多くの日本企業にとって、重要なことなのではないだろうか。


グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれたグーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた
辻野晃一郎

新潮社  2010-11-22
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2010年12月23日木曜日

的を射る言葉

森先生の過去のweb日記から「本日の一言」を抜粋した、名言集。あとがきより、本書の要諦を引用。「どちらかといえば、いかにポイントを外すかがポイントと言っても良いのである。(中略)多少斜めに睨み、僅かに外れているけれど、ぎりぎりでかすっている、といった鋭さの方がむしろ、真に「切れる」言葉の条件だと思えるのだ。」独自のインサイトで物事を捉え直し、一般に「白」と信じられていることを「黒」だと反転させる。的を射る言葉は発せられる前提は、独自の観点を有していることなのだろう。
108もの名言が紹介されていますが、個人的には、これが一番面白かったです。「よく28号まで予算が続いたな、鉄人」
的を射る言葉 Gathering the Pointed Wits (講談社文庫)的を射る言葉 Gathering the Pointed Wits (講談社文庫)
森 博嗣

講談社  2010-11-12
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2010年12月22日水曜日

ゾラ・一撃・さようなら

森先生の単発作。殺し屋、探偵、財宝、資産家、及び魅力的な女性を構成要素として編み上げたハードボイルド小説。作中の独白より、Vシリーズを読む中で漠然と抱いていた疑問に一つの仮説を得られたことが収穫。なるほど、「天使の演習」とはそういう意味なのか。この実に含みがある格好のよろしい言葉を、あくまで控えめに、一見ただの小道具として扱う。その抑え気味の上品な匙加減により、ありがちな構成要素ながらもありがちな小説になることを回避している。
ゾラ・一撃・さようなら (集英社文庫)ゾラ・一撃・さようなら (集英社文庫)
森 博嗣

集英社  2010-08-20
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2010年12月7日火曜日

ηなのに夢のよう

Gシリーズ6作目。次々に奇妙な場所で発見される首吊り死体を巡り物語は動いていくが、話の重心は真賀田四季の関わりや飛行機事故の真相といった、世界観全体の根幹に関わる要素に置かれている。Gシリーズに通底する後味の悪さは、そもそも各エピソードの現象が「事件」として捉えられるか曖昧であり、それぞれの中で動機が提示されず、シリーズ全体を通して初めて浮かび上がる構造になっているためか。本作はそんな特徴が際立っており、シリーズ全12作の折り返しに相応しい。
ηなのに夢のよう DREAMILY IN SPITE OF η (講談社文庫)ηなのに夢のよう DREAMILY IN SPITE OF η (講談社文庫)
森 博嗣

講談社  2010-08-12
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2010年12月6日月曜日

2010

個人的に誕生日を基準として一年をカウントアップしているので、
これにて終了となった2010年度。トピック別に「ベスト」を振り返ります。
(※書籍等は発売日ではなく、体験した時点を基準としています)

<エンタメ>
・ベストシーン
 グアムのウェスティン近くのビーチで見た夕陽
 よくある壁紙集のような、非現実的な光景でした。

・ベストコンサート
 高鈴Live@原美術館
 ストリングスを伴い歌われた「夜にうもれて」は本当に印象的でした。

・ベスト美術展示
 奈良美智さん「セラミック・ワークス」@小山登美夫ギャラリー
 立体・陶器となったあの女の子の、たゆんとした頬の線。最高でした。

・ベストホテル
 富士屋ホテル@箱根
 伝統と格式の大切さを再確認。
 雰囲気、サービス、カレーが印象に残っています。

・ベストBar
 anotherdoor@恵比寿
 異空間かと思わせる雰囲気に心酔しました。
 パーティや料理教室も充実しており、実に居心地の良い時間を過ごせました。

・ベストゲーム
 真・女神転生 STRANGE JOURNEY(アトラス)
 難易度、世界観、システム、三拍子そろって素晴らしい出来でした。

・ベストノベル
 最後の物たちの国で(Paul Auster)
 全てが朽ちていく地獄からの手紙。
 希望がさらなる絶望を招く衝撃は小説ならではの威力だと思いました。

・ベストCD
 該当なし

・ベストおでかけ
 カピバラ詣で@市原ぞうの国
 念願叶って、実物のカピバラに触れることができました。
 餌をやり、撫で、追い掛け回す。その至福。

<食>
・ベストレストラン
 墨絵@新宿
 信じ難いコストパフォーマンス。
 5千円未満で文句のないコースが堪能できます。

・ベスト焼肉屋
 亀戸ホルモン@恵比寿
 上ミノ、上ハラミ最高。アクセスも良し。(次点:ミート矢澤、牛の蔵)

・ベストケーキ
 パティシエール葉山@鎌倉
 流石の上品な甘さ。焼き菓子も美味しかったです。

<ビジネス>
・ベスト達成事項
 転職
 お陰さまで、非常に充実した日々を送っております。
 嘘のように幸せです。

・ベスト流行語
 握る
 事前に合意、了承、好感を得ておいて、物事を円滑に進めること。
 ロジック病の反動か、この一年こればかり言っていた気がします。

・ベストビジネス書
 あえて、「ハゲタカ」(真山仁)
 上記の「握る」スキルを磨くという視点で読むと、単なる経済小説の枠を超えて、実に有用なテキストとなります。
 先まで予測して手を打ち、「負けない」ことの重要さを学びました。

・ベスト進化したスキル
 ワークプランニング
 この一年、リーダーを経験したこともあり仕事の設計力が飛躍的に伸びました。
以前は仕事をすることは自分が手を動かすことでしかなかったのですが、チームメンバー、クライアント、有識者、など他人のリソースを巧くコーディネートして仕事を進めることを習得し、能率が大幅に上がりました。また、質・量共にどこまでやるかスコープを見切ること、リスクを予見して対応策を練ること、なども習得した関連スキルとして挙げられます。

一言で言えば、飛躍の年でした。
色々な事がありましたが、これらの多くを共に体験し、ずっと後押ししてくれたパートナーに最大の感謝を贈り、
一年の締めとしたいと思います。
ありがとう。

2010年12月3日金曜日

λに歯がない

Gシリーズの5作目。 研究所の一室で歯が抜かれた4人の死体が発見される。物理的な密室の要因を解くポイントは、なぜその場所で事件は起こったのか。いつものようにその点から思考を進めていけば比較的容易に思い至ることができる。興味深いのは一連の事件との関連と動機。一連の示唆に絡む事件と思われるからこそ、機能するトリック。
λに歯がない λ HAS NO TEETH (講談社文庫)λに歯がない λ HAS NO TEETH (講談社文庫)
森 博嗣

講談社  2010-03-26
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2010年12月2日木曜日

εに誓って

森ミステリー、いわゆるGシリーズの4作目。
バスジャック事件にシリーズの主要キャラクタが巻き込まれる。
バスという閉じた空間、「密室」コンセプトの拡張ケースか。
ポイントは以下の三点。
1.「犯人グループ」によるバスジャック
2.バスジャックなのにトリック
3.自殺の位置づけ

1.「犯人グループ」によるバスジャック
バスジャックが犯人の想定通りに進行しなければ、外部に居る仲間が爆破テロを起こすという、ある意味ちゃんと保険がかけられている犯行。この車中の犯人さえ何とかすればいい、という安易さを回避している点が面白い。

2.バスジャックなのにトリック
犯人について、居場所、行動、誰なのかが極めて明確に特定されるバスジャックという状況にも関わらず、ちゃんとトリックは仕掛けられてる。この仕掛ける視点の巧さには唸らされる。

3.自殺の位置づけ
ロジカルなクラフトマンシップを発揮して作り込みながらも、こっそりと抽象的なテーマを通奏低音のように織り込む森先生。今回のテーマは「自殺」であるように思える。引用されたヘッセのシッダールタ「死のうとするものはみな永遠の生をみずからの中に持っている。」と、作中のあるキャラクタの「そうだ、自分は自由。これからも、ずっと・・・」。単純に逃避とも悪とも整理できない、固定された穏やかさを感じさせる。

対比として、わからないから、もう少し生きるという判断もある。
気持ちを固定できないから、まだ揺れているから、もう少し生きる。
その生温い温度は、死を内在した生として、とても素直な感覚であるように思う。


εに誓って SWEARING ON SOLEMN ε (講談社文庫)εに誓って SWEARING ON SOLEMN ε (講談社文庫)
森 博嗣

講談社  2009-11-13
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