2016年2月8日月曜日

学力の経済学

日本における教育経済学の第一人者、中室牧子慶應SFC准教授による、海外の既往の研究から導かれた「科学的な根拠に基づく」教育論。

親を経験した誰もが一家言持っており、さらに特殊な条件下の極端なベストプラクティス(東洋経済オンライン"「灘→東大」3兄弟の子育てに学ぶ5つのコツ"等)が持て囃される、科学的アプローチとはほど遠い日本の教育論。そんな中で本書は、ランダム化比較試験による実証研究が進んだアメリカの事例を紹介し、主観的な(感情的な)判断に依拠した通説を反証していく。そんな"ヤバい経済学的"のようなアプローチで編まれた内容は、これまで教育を受けた身として感じていた違和感を払拭する痛快なものだった。

日本の教育現場で重視されている平等主義はデータに基づく教育研究&政策の発展を阻害するばかりでなく冷たい人間を育成する危険性すらある、という背筋が凍るような話や、子どもの学力を向上させる上で効果的な変数やインセンティブの効かせ方など、教育について考える上で検討する論点は大体網羅されており、かつ実践的な示唆に富んでいる。将来子育てに向き合う前に読んで本当に良かったと思える、非常に有益な一冊。

「学力」の経済学「学力」の経済学
中室 牧子

ディスカヴァー・トゥエンティワン  2015-06-18
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2015年2月6日金曜日

しんがり 山一證券 最後の12人

1997年に自主廃業を決めた山一證券、その清算処理と不正の原因究明を担った役員・社員からなる清算チームを取材したノンフィクション。
自主廃業決定後、私利ではなく責任感からほぼ無給で清算・調査業務を遂行した清算チームの方々に敬意を抱く。そして同時に、明るみになった破綻の要因、経緯、もたらされた影響はあまりに凄絶であり、会社組織で働く力学の恐ろしさについて考えさせられる。

しんがり 山一證券 最後の12人しんがり 山一證券 最後の12人
清武 英利

講談社  2013-11-14
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2014年9月7日日曜日

私の仕事術

マネックスグループCEO松本大さんによる仕事術。ソロモン・ブラザーズでジョン・メリウェザーの薫陶を受け、ゴールドマン・サックスで最年少ゼネラル・パートナーとなり、マネックス証券を起業、そんな輝かしい経歴の背後にある仕事に対する哲学を学ぶことができる。巷に溢れる意識高い系書籍とは一線を画す一貫して謙虚な語り口には敬意を抱かずにはいられない。

ベストではなくベターを目指す、仕事のクオリティとディスカウントレートなど、時間感覚を強く意識しているのはトレーダーとしてキャリアをスタートしたゆえか。「自己否定とは、自分という機会の火を落としてしまうことなので、何の意味もないことなのです。」という自己否定を完全否定する言葉、そして継続することの重要性を説いた箇所が強く心に残った。

本当に素晴らしい内容で、30代が近づき自分の仕事術を再考する上でこの上ない教科書となった。咀嚼し、実践し、血肉としていきたい。

私の仕事術 (講談社+α文庫)私の仕事術 (講談社+α文庫)
松本 大

講談社  2006-08-19
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2014年8月17日日曜日

All You Need Is Kill (Manga)

ハリウッド映画版の公開という大分ミーハーなタイミングだが、Kindleであったのでとりあえずマンガ版を読んでみた。戦争(闘争)、恋愛そして根底にあるループからの脱出という三要素が綺麗にまとまっておりテンポ良く楽しめた。

ループものに関して、最近のものでは本作を含め3つの代表的な作品(まどマギ、シュタゲ)を視聴/読了した経験があるが、この系統の大まかな流れは以下のような感じなのだと推察される。

1.主人公あるいはキーパーソンに著しく不利益を及ぼす状況(逸失利益含む)が迫る
2.ループによって回避する
3.より良い方向に状況を変えるためにループを濫用する
4.当初の不利益は回避するが、予期しなかった新たな不利益が生じる
5.他のループしている者と出会う
6.ループの発生条件を整理し、帰納的に原因を特定する
7.重要なトレードオフを伴う決断を経て運命は収束し、ループを脱する(了)

そして、雑な括りだがループは手法上以下の3つに大別されるようだ。
A.タイムトラベル型:過去に物理的(?)に遡行し過去のあるポイントからやり直す
B.メッセージ型:過去にメッセージを送り過去の行動を変えることで現在以降を変える
C.クリア条件型:AやBとは異なり能動的に発生させることはできず、解除条件が第三者により設定されており、条件を満たすまで強制的にループが続く

まどマギはA、シュタゲはB、本作はCといったところか。言うまでもなく話のキモはループの発生/解除条件であり、そして選択される運命とそれに伴うトレードオフがドラマ性を生む。この2点の作り込みが作品のクオリティを左右する。

そのようなわけでループものは構造が綺麗な話が多くゲーム感覚で楽しめ、割りと好きだ。
分岐図とかできそうだし、構造的な思考を好む人が惹かれるのではないかな。

All You Need Is Kill 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)All You Need Is Kill 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
桜坂洋 竹内良輔 安倍吉俊 小畑健

集英社  2014-06-19
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2014年6月19日木曜日

世界のエリートは大事にしないが、普通の人にはそこそこ役立つビジネス書

デイリーポータルZのウェブマスター林雄司さんの仕事の流儀を紹介した一冊。
個人的に、ここしばらく読んだビジネス書の中でベスト。77もの仕事でラクするためのメソッドが紹介されているが、それらは決して手を抜くための抜け道的なものではなく、心の平静を保ったまま効率的に仕事を進めるための立派なノウハウである。
「記事には情報か共感があれば良い」、「知識でおびき寄せてエピソードで引きずり込む」、「自由度が低い方が人は集まる」、といったデイリーポータルZの骨格となるコンセプトは、B2Cマーケを考える上で普遍的に役立つもののように思える。
ただでさえ情報過多のウェブで存在感を出し続けるには、ユニークなコンテンツを提供し続けなければならない。そのアイディアをひねり出すためのコンセプト、仕組み、そして企画の立て方は競争力のあるサービスを作る上で欠かせない。実は真面目なコンテンツと力の抜けた文体のバランスが心地よくさっくり読めるが、意外に深く残る。折にふれて読み返したい。

世界のエリートは大事にしないが、普通の人にはそこそこ役立つビジネス書世界のエリートは大事にしないが、普通の人にはそこそこ役立つビジネス書
林 雄司

扶桑社  2014-04-10
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2014年6月7日土曜日

女のいない男たち

村上春樹さん9年ぶりの短篇集。様々な理由から親密な関係にある女性を失った男たちの姿が描かれる。女のいない世界に入り込むこと、アンモナイトとシーラカンスと共に暗い海の底に沈むような喪失感に身を浸すこと。全体に通奏低音として響くモノトーンの喪失感は、トニー滝谷を彷彿とさせる。
若くポップなトーンで気持ちの良いアクセントとなっている「イエスタデイ」が特に印象に残った。文藝春秋に掲載されたオリジナルから削除されてしまった、関西弁版イエスタデイの歌詞については残念に思う。あれはフルコーラスあったからこそインパクトがあった。

女のいない男たち女のいない男たち
村上 春樹

文藝春秋  2014-04-18
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頭脳勝負

渡辺明永世竜王による、棋士の基本的な考え方・生き方を通じて将棋の世界を紹介した一冊。序盤/中盤/終盤といった局面での集中力の配分や、実戦の棋譜の振り返りはプロの考え方が垣間見え非常に興味深い。単に玉を囲えば良いというわけではない攻守のバランスや一手遅れることの致命的なロス、そしてその緻密な闘いを可能とする驚異的な頭脳と強いメンタル。深い敬意を抱かずにはいられない。

頭脳勝負―将棋の世界 (ちくま新書)頭脳勝負―将棋の世界 (ちくま新書)
渡辺 明

筑摩書房  2007-11
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